今回の海外研修では、ウィスコンシン州Mt. Horebにあるガンステッド・クリニックへ訪問してきました。パーマー大学を卒業して以来約13年ぶりにその地を訪れました。 

ガンステッド・クリニックとは? 

1964年にDr. Clarence S. Gonsteadによって作られた、クリニックです。 

当時は、カイロプラクターの暗黒期と言われるほどの厳しい時代で、医師会の弾圧が激しく、カイロプラクターを排除する流れで、多くのカイロプラクターが起訴され、牢獄に送られていました。 当時のほとんどのカイロプラクターが自宅で細々と隠れながら仕事をしている状態でした。

そんな時代背景の中Dr. ガンステッドは、カイロプラクティック業界にとって世界最大級のクリニックをウィスコンシン州に建設しました。

そのクリニックには、なんと100名が収容することができる待合室、11個の施術部屋、76人の客を収容可能な宿泊施設、宿泊者のためのカフェテリア、世界中から患者さんを受け入れるための飛行機専用の滑走路が併設され、その大きさは、29,000 square foot(約2,695㎡)に及ぶました。

世界中からDr. ガンステッドの治療を受けにくる患者さんやセミナーを受けに来るカイロプラクターで毎日人が押し寄せるほどのクリニックでした。

1978年、亡くなるまでの55年間、100万人を超えるほどの臨床実績によって「ガンステッド・テクニック」が発展され世界中に広がっていきました。

なぜ、Dr. ガンステッドがこのような成功を成し遂げることができたのでしょうか?

今回の研修でガンステッド・クリニックを運営している代表者からその成功の秘密を教えていただきました。

~1954年にDr. ガンステッドの下で従業員として仕事をしていた人との対談記録~

私がクリニックで働いていた時間は、パワフルな時間でした。朝8時からお昼休憩まで患者さんを診続け、夜6時夕飯に間に合うことはほとんどなく、月曜日、水曜日、土曜日は、朝1~2時まで仕事をしていました。1日に300~350人の患者さんを診て、仕事時間は、1日18~20時間を超えるほどでした。 

このようにDr. ガンステッドは、桁外れの働きものでした。彼は、人を心から愛し、常に解剖学の勉強に没頭し続けていました。また、どこに行っても改善することができない、難しい患者さんであっても、決して諦めることはしない人柄でした。

彼の口からは決して、“様子を見ましょう”とか“試しにこの場所を治療しましょう”とか“私に助けることができるか保証することはできない”など患者さんの希望を奪うような発言をしたことはありませんでした。

ある時私は、Dr. ガンステッドにこう質問しました。“これだけ多くの患者さんを1日中診て、どのようにしたらその集中力を保つことができるのですか?”

Dr. ガンステッドはこう答えました。“私は、目の前にいる1人の患者さんに集中しているだけだよ”

Dr. ガンステッドの成功の秘密は、誰よりも患者さんへの想いが強かったんだと思います。ただ1ひたすら多くの人を助けたいという素直な気持ちが誰よりも強かったのです。 

そしてその強い想いが患者さんへと伝わり、またガンステッド・テクニックを学ぶ学生へと伝わったことで、これだけの発展を成し遂げることができたと思います。

私は、今回の海外研修でカイロプラクティックの原点を改めて体で感じ、そのスケールの大きさに感動しました。そしてまた、ガンステッド・クリニックで働いている皆さんの姿勢こそカイロプラクターのあるべき姿だと思いました。

忙しい中、常に全力でサポートしてくれる姿勢、分からないことがあれば、分かるまで丁寧に説明する姿勢、どんな人でも家族のように受け入れてくれる姿勢、そのすべてに人としての温かさを感じました。

今回の海外研修は、カイロプラクターの原点に戻り、カイロプラクターにとって何が大切なものかを教えてくれたと思います。

1人でも多くの人に本物のカイロプラクティック知って頂くために、そしてDr. ガンステッドの想いを後世に繋げていくために、目の前にいる患者さんの1人1人に全力で向き合い、人の温かさを感じるような治療院を目指していこうという強い想いが生まれてきた、貴重な研修となりました。